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千葉地方裁判所 昭和55年(行ウ)11号 判決

千葉県印旛郡八街町富山自一三一四至一三四三番合併五〇

原告

青木茂

右訴訟代理人弁護士

田村徹

田中三男

千葉県成田市花崎町八一二番地一二

被告

成田税務署長

中山君雄

右指定代理人

大沼洋一

岩崎照弥

竹沢雅二郎

三上正生

鳥飼俊夫

永野重知

小林隆

岩佐勝博

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和四九年分の所得税について昭和五三年一月三一日付けでなした更正処分及び過少申告加算税賦課処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四九年分の所得税について、法定申告期限までに左のとおり申告した。

(一) 総所得金額(事業所得の金額)四九万六六九〇円

(二) 分離短期譲渡所得一〇万円

2  被告は、これに対し、昭和五三年一月三一日付けで左の更正処分及び過少申告加算税賦課処分をした。

(一) 総所得金額(事業所得の金額)四九万六六九〇円

(二) 分離短期譲渡所得(損失)一六万一三一二円

(三) 分離長期譲渡所得五七三七万一八〇〇円

(四) 過少申告加算税五七万一九〇〇円

3  原告は、右処分を不服として、昭和五三年四月三日被告に対し異議申立てをした。これに対して、被告は、同年六月一三日付けで異議申立てを棄却する決定をした。

4  原告は、右決定を不服として、昭和五三年七月一一日国税不服審判所長に対し審査請求したところ、国税不服審判所長は、昭和五五年四月一四日、審査請求を棄却する旨の裁決をなし、その採決書は、同年六月七日ころ原告に送達された。

5  しかし、右更正処分及び加算税賦課処分は違法であるから、原告は、被告に対し、その取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求原因1ないし4の各事実はすべて認める。

三  被告の主張(本件更正処分の適法性)

1  原告の総所得金額(事業所得金額)は、四九万六六九〇円である。

2  原告の分離短期譲渡所得金額は、(損失)一六万一三一二円である。

3  原告の分離長期譲渡所得金額は、左のとおり五七三七万一八〇〇円である。

(一) 収入金額六一四四万四〇〇〇円

原告は、昭和四九年七月二二日、訴外日本開発コンサルタント株式会社(以下「日本開発」と略す。)に対し、別紙物権目録二の土地のうち区画番号三ないし五、七、八、一〇ないし一三、二〇計二〇三一・三八平方メートルを、六一四四万四〇〇〇円で売り渡した。

(二) 必要経費(取得費)三〇七万二二〇〇円

右は、租税特別措置法三一条の三(昭和五四年法律第一五号による改正前のもの。)により、前記一の収入金額の一〇〇分の五に相当する金額である。

(三) 長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円

右は、同法三一条二項に所定の金額である。

四  被告の主張に対する認否

1  主張1・2の事実は、いずれも認める。

2  同3の(一)の事実は認める。

3  同3の(二)・(三)の主張は争う。

五  原告の反論

1  詐欺による取消し

(一) 日本開発の代表取締役訴外井上克(以下「井上」と略す。)は、被告主張3の(一)の売買契約締結の際、原告に対し、真実は移転する意思がないにもかかわらず、原告が別紙物権目録二の土地の一部を日本開発に売却すれば、日本開発が所有する別紙物権目録一の土地計八〇八一平方メートルの所有権を原告に移転する旨を継げ、その旨誤信させたうえ、その売買契約を締結させた。

(二) 原告は、昭和五五年九月一二日、日本開発に対し右の売買契約を取り消す旨の意思表示をした。

2  錯誤

(一) 原告は、被告主張の3の(一)の売買契約締結の際、日本開発から別紙物権目録一の土地の所有権を原告に移転してもらえる事実がなかつたにもかかわらず、その事実があると誤信して、売買契約締結の意思表示をした。

(二) 原告は、右売買契約締結の際、日本開発に対し、右所有権移転の事実があるので右の売買契約を締結する旨を述べた。

3  停止条件

原告は、被告主張3の(一)の売買契約において、日本開発との間に、原告が日本開発から別紙物権目録一の土地の所有権の移転をうけることを条件とした。

六  原告の反論に対する認否

1  反論1の(一)の事実は否認する。同(二)の事実は認める。

2  反論2の事実はいずれも否認する。

3  反論3の事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし4の各事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  被告の主張1・2の金額、及び同3の(一)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

三  そこで、原告の反論について判断する。

まず、反論1について検討する。

原告は、その本人尋問(第一、二回)において、右主張事実に沿う以下の供述をする。すなわち、「原告の実子である訴外青木良臣(以下「良臣」と略す。)は、昭和四九年五月一〇日、原告所有の別紙物権目録二の土地の一部を原告に無断で日本開発に売り渡し、これに気づいた原告が日本開発に抗議したところ、同年七月二二日、井上が良臣とともに原告方を訪れ、「従前日本開発が良臣との間で売買契約をしたが、このたびこれを解除し、日本開発名義の所有権移転登記を抹消して、良臣名義に復すこととなつた前記目録一の土地に、原告のために抵当権を設定するから、前記目録二の土地の一部を日本開発に売つてくれ。」と申し入れた。しかし、原告が良臣に後順位の抵当権をつけられることを慮つて、「抵当権ではだめだ。登記名義を原告の名義にしろ。」と要求したため、井上は、これを承諾し所有権移転登記手続をするための登記申請委任状(甲第三号証の一)を作成して、これを原告に交付し、更に、「権利証は良臣に渡してあるから取つてやる。」と述べた。」という。

しかしながら、他方、いずれも成立に争いない甲第二号証、第四号証の一ないし三、乙第一号証、第五号証、第二五号証、第三六号証の一、第四四ないし第四六号証(ただし、第四五、第四六号証はいずれも写真)及び第四七号証の一、原本の存在及び官署作成部分につき争いなく、取下前被告日本開発代表者井上克尋問の結果(以下「日本開発代表者尋問の結果」と略す。)により成立を認める乙第七号証、日本開発代表者尋問の結果によりいずれも成立を認める乙第四号証の一、第六号証及び第一〇号証、証人江原必佐子の証言、日本開発代表者尋問の結果に原告本人尋問(第一、二回)の結果のうち前記供述部分を除く他の供述部分を総合すれば、およそ以下の経緯を認めることができる。

1  日本開発は、昭和四八年一二月、良臣から別紙物権目録一の土地を買受けたが、良臣において翌四九年四月までに宅地造成のための開発行為に関する県知事の確認を取る約束が実現不可能となつたため、右契約は解除されることとなつたが、同年四月ころ、日本開発から右代金の支払いとして既に良臣に交付されていた金員及び手形を返還すること等その事故処理を要求された良臣は、これらの返還に窮し、その解決策として、日本開発に対し、「原告所有の前記物権目録二の土地を日本開発に売り渡し、右返還責務を代金額の一部に充当する。原告もこれを了解している。」と申し入れた。

2  井上は、これに応じて、同年一月五〇日、良臣方において、良臣と協議のうえ、日本開発と原告との間の前記物権目録二の土地に関する売買契約書(甲第一号、乙第一一号証のいずれも一ないし三枚目)を作成したが、原告にはあえて同席を求めず、原告名での署名・捺印は良臣の妻において行つた。

3  翌一一日、井上は、良臣から、原告の意向で、前日契約の対象土地を変更したいと申し入れられ、井上が日本開発社員の江原必佐子を伴つて現地に赴いたところ、原告が両名を案内し、目的土地の変更内容を自ら指示しながら、良臣に関して愚痴めいたことを言い、「しかし協力してやらなければ」などと言つた。

なお、原告方、良臣方および前記物権目録二の土地はいずれも隣接した一帯の土地内にある。

4  原告の指示した内容による売買契約書(甲第一号証、乙第一一号証のいずれも四、五枚目)が、翌一二日に良臣方にて作成されたが、原告は「任せる」と言つて同席せず、原告名での署名・捺印は前と同様良臣の妻において行つた。

5  その後も、原告の方から売買対象の変更申し入れがなされたり、日本開発において、良臣に交付した手形を決済したりしたことから、再び契約内容の変更が生じ、同年七月二二日に良臣と日本開発及び原告の三者の関係の総決算的な契約を結ぶこととなり、同日、井上は、予め良臣と打ち合わせて条項をメモ書きし、原告方へ行つて原告の意思を確認したうえで、同行の社員江原に指示して、同所で契約条項を清書させ、原告の署名・捺印を得た。

右契約書上、原告の良臣に対する本件売買代金債権を担保するため、日本開発の所有権移転登記を抹消するに代えて良臣名義に所有権移転登記をする前記目録一の土地に原告のため抵当権を設定するとの条項が設けられたが、これは原告から税金対策上必要なので入れてくれとの要求に基づくものであつた。そして、右所有権移転登記の登記手続及び抵当権設定登記に必要な権利証及び日本開発の委任状は、既に井上から良臣に交付済みであり、原告はこれを知つていた。

ところで、原告は、右契約書作成の席上、井上に対し、「税金対策上、抵当権設定がよいか、所有権移転登記がよいかこれから研究してやりたいので、念のために委任状をもう一枚下さい。」と言い、井上はこれに応じて、日本開発から原告に所有権移転登記を行うための委任状を原告に交付した。

6  その後、原告は、日本開発に対しても、また、良臣に対しても良臣保管にかかる前記目録一の土地の権利証を原告に渡すよう要求したことはない。

7  前記契約当時、原告と良臣とは普通の円満な親子関係にあり、良臣が右土地に訴外宝生産業株式会社のために所有権移転の仮登記をなし、従つて、原告のために所有権移転登記が不能となつた昭和五〇年七月二一日の後に至つても、原告は良臣に対し別の土地を贈与したり、また日本開発に対し抗議するでもなく、別の土地の販売を委託したりして、円満な関係を維持している。

右認定事実によれば、昭和四九年一〇日の売買契約は、良臣の先行契約不履行の後始末としての意味を有するものであるが、原告と良臣とは親子であり、しかも土地の所有権は実質上一体であつたことから、良臣が原告に無断で契約しなければならない必然性は考えがたく、原告の行動をみても右契約が全く原告の意思に基づかないものとは認められないところである。それ故、七月二二日の変更契約も、原告の側から条件を出したりするような優位な立場に原告があつたとは考えられず、日本開発の側もあえて原告を欺罔して契約しなければならない必要性も考えられない。

また、抵当権にしろ所有権にしろ、あくまでも原告と良臣との間の代金決済に関することであるから、原告と良臣とが普通の親子関係にある以上、日本開発にこれを要求するまでもなく、親子間で容易に解決しうる事柄であり、日本開発に原告への所有権移転を解約させる必要性も考えられない。しかも、本件においては、抵当権云々は、原告の税金対策としての色彩が濃く、後日原告に関しても何らの措置を講じていないことはこれを裏付けるものである。

以上の諸点に鑑みれば、原告が抵当権ではなく所有権移転を主張し、井上がこれに応じて欺罔したとの原告本人の供述は到底信用し難いものである。

他に原告主張事実を認めるに足りる証拠はないので反論1は理由がない。

四  反論2の事実について判断する。

1  反論2の(一)の原告の誤信の内容は、売買契約の動機の錯誤にすぎないところ、動機の表示の有無について判断する。

原告本人は、前記のように、昭和四九年七月二二日、井上に対し、別紙物権目録一の土地の所有権が得られるなら、別紙物権目録二の土地の一部を売り渡すと述べたと供述する。しかし、日本開発代表者尋問の結果及び証人江原必佐子の証言及び三で認定した事情に照らすと、原告の右供述を信用できないのは前記のとおりであり、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  したがつて、動機が表示されたと認めることができない以上、仮に原告に同2の(一)記載の誤信があつたとしても、反論2は認められない。

五  反論3の事実について判断する。

原告本人は、別紙物権目録一の土地の移転をうけるのを条件として、別紙物権目録二の土地の一部を売り渡した旨供述する。しかし、日本開発代表者尋問の結果及び証人江原必佐子の証言及び三で認定した事情に照らし、原告の右供述は信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

六  そうすると、被告の主張3の(一)の売買契約は有効なものであつたというべきであるから、原告は右の売買契約に基づいて、昭和四九年七月二二日に六一四四万四〇〇〇円の収入を得たものと認めることができる。

右の収入金額については、被告の主張3の(二)の必要経費(取得費)三〇七万二二〇〇円と同3の(三)の長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円とを控除すべきであり、これを控除すると、原告の分離長期譲渡所得金額は五七三七万一八〇〇円となる。

したがつて、被告が原告の昭和四九年分の所得税について昭和五三年一月三一日付けでなした更正処分は適法なものであつたと認めることができ、また、被告が右の更正に基づいて同日付けでなした過少申告加算税の賦課処分も適法なものであつたと認めることができる。

七  してみれば、原告の請求はいずれも不当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用については行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤一隆 裁判官 池本嘉美子 裁判官 堀内照美)

物件目録一

1 千葉県印旛郡八街町富山自一三一四至一三四三番合併一〇五一九

雑種地

三二五七平方メートル

2 同番合併一一三一

雑種地

三二五平方メートル

3 同番合併一一六

雑種地

一八四九平方メートル

4 同番合併一四四四

雑種地

二六五〇平方メートル

以上

物件目録二

〈省略〉

〈省略〉

以上

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